ソルトワールド誌 連載“海道釣紀“より

チュニガン島のマンボウとGT

2004年10月釣行

 

 

プロローグ

今年の8月9月はさんざんだった。

台風がこれほど多い年も珍しく釣行がことごとく潰された。

本誌の10月10日の原稿締め切りに間に合わせようと、焦れば焦るほど

台風がやって来た。なんとか国内の釣行を書いてみたいと意地になったのも

敗因のひとつに違いない。それでも秋田では100kgはあるクロマグロを掛ける

事は掛けたし、真夏の与那国でも気持ち良く釣りができた。が、

文章にすれば、それなりの面白い紀行文になるのだけれど、

釣りにこだわるぼくとしては許せない。

そんな時、バリ在中の三木さんからメールが入った。

「スランガン島の沖、チュニガン島にマンボウがいっぱい居ますよ。

手で触れますよ。釣り釣りの鈴木さん、たまには力を抜いてとぼけて、

マンボウウォッチングはいかが?GTの大群も見ましたよ。」ときた。

既に今回の締め切りに間に合わせて一作書いているのだが、釣り師としての

触覚が動いた。

“マンボウと釣り”マンボウ釣りではないのだから、ゴロが悪い。

“マンボウとGT”・・なかなか良い響きになってきた。

直ぐに特割りチケットのHISだ、JAL悟空だと電話を入れ、

航空券の予約を聞いてみた。10月2日出発10月9日帰り、これなら、

なんとか行けそうだし本誌の高橋編集長も“ウン”と言ってくれるだろうと

決め込んだ。

10月2日,関空出発となったので、前日、京都に入り我が娘と食事をした。

「好きなところに行こうか」と言うと、娘はニヤリと笑った。

四条河原でタクシーを降りると鴨川沿いにズラリと料亭が並ぶ。

そこを大学生の娘とフラフラと歩くのだから、親馬鹿を言うなら

父親冥利に尽きる。

「どこに入りましょうか?」と言われても、京都の町などチンプンカンプン

なのである。行ったり来たりを繰り返していると、何とか“渋い”一軒を

見つけ思い切って入った。

“おいおい釣りの話ではないのかな?“と、ぼやく読者諸氏の声もありそう

なので、その話の続きは、また何時か。

 

スランガン島そしてチュニガンへ

次の日,関空から飛び午後9時頃バリ島デンパサール空港に着いた。

「マンボウ、いっぱいいますよ。」三木さんは、ホテルまでの送迎車の中で

言う。考えてみれば三木さんのスランガンマリンサービスの本業は

ダイビングな訳だから、それを目当てにダイバーが押しかける。が、

釣り人であるぼくは「マンボウですか?」と、ついつい言葉が、

出てしまった。“しまった”と思ったけれど、

「マンボウ、かわいいですよ。」三木さんはニコニコと笑って、かわして

くれた。マンボウといえば20年くらい前、伊豆の雲見で突きんぼ漁師が

捕ってきた1トンもありそうなマンボウと、

北杜夫の“どくとるマンボウ昆虫記”ぐらいしか思い出せない。

「ゆっくりと泳いでね、ハタタテの大群がマンボウの寄生虫を口でつついて、

取ってあげているのです。ダイバーも触って、つんつんと、つついてあげると

気持ち良さそうにジィッとしています。本当にかわいいですよ。マンボウに

会いに来たんでしょう。」と続けて,顔を覗き込まれると、

「マンボウ会いたいですね。・・・・」僕はひきつり顔で笑ってみせたが、

三木さんは少女のような無邪気な笑顔になった。

次の日、三木さんの期待を裏切り、サリン船長とGTを狙いに海に出た。

潮待ちの間、チュニガン島の沖でジギングをすると、赤道に近いにも

かかわらず水深60mのところでカンパチやオオグチハマダイが釣れた。

北緯27度の小笠原なら解るのだけれど、この辺は南緯8度である。

北緯24度の石垣島でさえ、水深100m未満でカンパチが釣れる事は稀で、

大体130mを越える。カンパチは浅いところに居るということは、

海中のどこかを境に、海水温が急に低いことを意味している。つまり、

サーモクラインが出来ていて、表層海水温とかなりの温度差があるに

違いないと思った。潮も完全に止まったので早々に昼食を取る。

食後「泳いでくるね。」と言うとサリンは不思議な顔をした。

普段釣り人はあまり泳がない訳だが、ぼくは、表層水温が知りたくて、

ザブンと海に飛び込んだ。石垣島に住んでいる僕には、案外と冷たいと

思ったが26度はある。上がってから「今、ダイビングをすると海水温は

何度ぐらい?」と、サリンに尋ねた。

「10mもぐると、20度。15mから下は18度か17度40mで15度、冷たいよ!」

と流暢な日本語で答えてくれた。GTの適正水温を考えるのなら潮が

動き始めた時GTが浅い根の上に浮いていると確信して、僕はニヤリとした。

1時間ゆっくりと昼休みを取っていると、潮も良い状態になってきた。

幸運なことに、漁師も他のGTボートも居ない。思う存分,

自分の考え通りにGTフィッシングが出来ると思うと体から気力と気合が

沸いてくるのが解った。

巨大GT出現

一流目、水深50mから15mに浮き上がる根のエッジでGTが飛び出した

が乗らない。GTの反応が継続しないのだから、今日の適正ポッパーは

ポッピング系ではなく、ペンシル系ではと思い直ぐに変えた。

十二分にポイントの根からボートを離し、大回りでポイントの潮上へ移動した。

二流目、ポイントまで300mの潮上から流し始め、わざとペンシルを

何投かしGTを刺激するためにポイントから離れたところで

ショートパンプを派手にする。このことで、さっき飛び出したGTは、

中型のベイトフィッシュが小魚を追いかけながら自分の所に近づいてくると

判断するに違いない。ボートは5ノットと、すさまじい速さでグングンと

流されポイントに近づいた。南極からオーストラリア西岸を北上する寒流は、

バリ島辺りまできて暖かい南赤道海流と合流して消滅する。

が深海に潜り込んだ冷たい深層流は、何かの地形的弾みで浮き上がって

きているのである。つまり、潮が動くと栄養豊富な冷水塊が押し上げられ

小魚が寄り、GTも水深30m以下は冷たすぎることになり、結果として、

暖かい表層に浮き、捕食のために根のエッジの渦の中に待ち構えていると

推理した。僕はジギングとGT用に開発した短いテストロッドに10号の

PE220Lbのショックリーダー,長いペンシルポッパーというタックルを

使用している。

ロッドの長さは6フィートだから、そんなに飛距離が出るわけではないけれど

60mは飛んでくれるのだから十分といえば十分である。

ポイントが射程範囲に入ったので狙いすませてキャスト!ペンシルは

鋭い弾道で飛距離を伸ばし着水した。そこでスローショートパンプでGTを

誘う、4回パンピングしたところでルアーは海水に消し飛んだ。“ボコ!”と

いう鈍い破裂音は、GTが巨大なことを物語っている。

ラインは一度膠着してから、激流の潮を切裂くように飛び出した。

船長は素早くエンジンをかけて僕の指示を待っている。指揮を執ろうとする

アングラーは、瞬時に“フォロー”“バック”と選択を迫られる訳だ。

“フォロー”僕の決断は0.1秒ぐらいだったに違いないのだけど、

船長の反応は十二分に早かった。ボートは15M前後のテーブル状の根から、

魚と平行に移動させた。魚をただ追いかけるのではなく、一定の距離を置いて

間合いを詰めた。十分接近したところで、今度はGTからボートを八字状に

離しながら、GTより先に沖の深みへ移動することを考えた。多分流れに

乗ってボートは10ノット以上出ていたに違いない。その証拠にPEラインは、

大海を滑走するヨットのように三角形の泡を引き、海を切った。

「水深は!?」と大声で叫ぶと

12m!!」

まだまだ浅い分危険な状況には変わりが無いのだけれど、GTの不運は

その巨大な大きさにあるのである。つまり、細かく体を曲げることもできず

小さな岩にしがみつくことも出来ない。だから浅い海底より1〜2m上を

泳いでいるに違いない。後はどっちが先に根のエッジを越えるかどうかが

勝負の決め手になる。ボートのスピードを上げさせて、リールのドラッグを

少し緩めた。

直ぐにPEラインは出始めたけれど、ボートはGTを追い越して深みに入った。

今度はドラックをマックスに上げズルズルと大魚を引きずった。

更に深みに持って行き浮かせれば決着が付く。自分の計算通り事態が

進行する快感が頭を巡る。6フィートのテストロッドも美しいベントで曲った。

水深120mでボートを止めた。GTは浮き始めヒットから6分で海面に浮いた。

大魚は美しくチュニガン島の海で光った。ハカリは忘れてきたけれど、

尾のV字の間から頭まで144cm、全身なら155cmは越える。

重さはあえて決めなかったけれど、50kgオーバーというところだろう。

「僕のボートで一番大きい!」と、サリン船長も大喜びであった。

スランガン島に帰ってから、三木さんに報告すると、ニコニコと喜んでくれた。

「これでマンボウですね!」とクギをさされると、明日は絶対マンボウを

見に行こうと思った。

 

Vサインを出しているのが僕です。

 

こんにちはマンボウくん

チュニガン島とペニダ島の間に水道が走っていて、その駆け上がりに

マンボウがいるらしい。潮を合わせないと潮が速すぎて危険らしい。

そこで午前中はジギングを楽しんで、いよいよマンボウとご対面ということに

なった。三木さんのところのレンタル機材を貸してもらうと、

レギュレター名が“カリプソ”とある。

今風の洗練されたデザインで小型のマッドブラックレギュレターは

カッコ良い。

ダイビングは19歳の時に始めたのだから,僕は30年以上のキャリアがある

訳だ。当時のテレビドラマ“マイクネルソン”に憧れて、

はまった訳でスキューバーではなく“アクアラング”と言っていた時代である。

大学時代は“海洋研究会”というサークルに入り、めちゃくちゃ重い

鬼怒川ゴムのジェットフィンとマスク、フランスのクレッシーの

サブバルブ付きタンク、そしてレギュレターはアメリカの

USダイバー製“カリプソ”を買った。実はそれを今でもぼくは、

後生大事に使っているわけだからどうかしている。

“カリプソ” “CALYPSO”と聞いてピンとくる読者諸氏は、

かなりのFISHERMAN党である。ぼくの好きな渓流用ロッド“KUIRA”は、

西表島の川の名前を取り、同じブランクを使ったリーフ用小物ロッドには、

このレギュレターの名前をいただいた。もっとも最近の僕のダイビングは

石田船長とFISHERMAN6号艇の船底掃除だから潜水暦が長い割には,

昨今のかっこいい機材も知らないしダイビングのサインも忘れていた。

それに加え肺活量が6000cc近くある僕は、ボンベの空気の消費量も

多いのである。

 

「エアーは幾つで浮上しますか?」と、三木さんに尋ねると、

50でいきましょう」という。つまり220気圧のボンベが50気圧になったら、

ボートに帰ることになる。時間で言えば,40〜50分というところだろう。

「エアーがきれた時は?」と、首のところを手で切るサインの確認をすると、

三木さんがクスリと笑った。ダイビングは2人一組で潜る訳で、

今回の相棒は三木さんである。バックロールで海中へ。いったん15Mの海底まで

沈んでから周りをみると、遠いかすかに揺らぐ巨大な魚が見えた。

三木さんと海中ランデブーも悪くないと思ってフィンを動かす。

“昨今のロングフィンは軽いな!”と

関心しながら泳いだ。影はゆっくりと大魚の形になりはっきりと

マンボウであることが解った。

驚かさないように前方から近づいて平行になった。後ろにいたサリンが

さっとマンボウに近寄って何やら撫で回しだした。マンボウは気持ち良さそうに横になったり縦になったりしながら、じっとしている。

すかさず三木さんが僕を引っ張って接近した。僕ら釣師にとって海中で

大魚を触れるなんて、夢のまた夢である。日頃、魚が好きだと言ったって

釣りでさんざんいじめている訳だから心は後ろめたい。マンボウは

ゆっくりとなでると大きな丸い目をこちらに向けた。

案外ざらざらとした鮫肌だなと思っていると、三木さんが写真をパチリ。

夢のような40分を過ごして、ボートに戻った。

「マンボウと鈴木さんのツーショット、良いですね。」と

クスクスと三木さんは笑ったけれど、僕は海中で大魚に触れたことに感動した。

いつもなら、一方的に引きずりまわしてから大魚の意としないボートの

上に上げて写真をとるのだから、笑っているのはアングラーだけである。

それでも釣り人は満足し、「ありがとう!」なんて、魚にとって

勝手なことを言って逃がしてやる。「元気に泳いでいてくれ!がんばれよ!」などと、釣りをしない一般から見ると訳のわからないことを口走り、

手を振る人もいるのだから大いに矛盾がある。

西田哲学で言う“絶対矛盾的自己同一”の世界が、そこにある。

 

 

エピローグ

今回のタイトルを、“野生にようこそ!ハローマンボウ!”と心の中で

タイトルをつけたけれど編集部の大本さんに怒られそうなので、結局のところ、

釣り人らしい“チュニガン島のマンボウとGT”ということに落ち着いた。

まさに釣り人らしい釣り人によるタイトルだなと納得した。

それにしても我々釣り人は釣りだけを見ていて良いのだろうかと思った。

時には海に潜り、魚をつぶさに見なければいけない。

そんなことを考え出したとき「アっ!」と思った。自然は大らかに自分を

受け入れてくれたことに気が付いた。千匹を超えるGTを痛めつけた僕を

サメではなくマンボウが迎えてくれた。どんなに考えたって魚の世界では

僕は極悪人な訳である。多分自然の生態系は美しいとか正義の世界ではない。

食うか食われるかの弱肉強食の空間が広がっているのだけれど、

その中に不可思議な秩序があるに違いないと思った。

貴重な体験をさせてくれたスランガンマリンサービスの三木さんに、

文中を借りて感謝したい。またひとつGTフィッシングの船長として腕を

上げてきたサリン船長も今後の楽しみである。

 

チャーターボート問い合わせ

スランガンマリンサービス 三木弘子

ホームページ http://www.hello.to/serangan

メール    miki@denpasar.wasantara.net.id